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TAMALOG

記すことは生きること。知的欲求の最果てに。

とあるブログが消えた

私が思い入れをもって、購読していたブログがなくなってしまいました。筆者が削除したのか、ほかの要因で削除されたのか、わかりませんがそれは唐突の出来事で、あの人の記事が見れなくなったことがショックです。

検索へ頼った記事至高主義

 今年4月頃までは、GIGAZINEやlifehackerのようなニュースサイトしか定期的にチェックしていませんでした。これら以外のブログの記事へのアクセス方法は、Google検索頼りでした。

 「検索にひっかかる記事こそ至高だ、筆者はそれほど重要ではない」という思想が自分の中にあったのかもしれません。これまで参照してきたブログは、そこに記述された情報こそ勉強になりましたが、筆者の文体や筆者自身に魅力を感じたことはありませんでした。

とあるブログとの出会い

 今年4月に、アニメ考察サイトを探していたときに、見つけたブログが「そこへ至るためのこの道の歩き方」です。日常生活や社会問題について取り上げ、聖書のフレーズとアニメのワンシーンを用いた考察を行っていました。

 その文体は、力強い説得力をもっており、読んでいて目の前が開けていくようでした。筆者は何か障害を抱えていたようでしたが、文章は整然としていました。社会問題に対して、アニメのワンシーンと聖書の教えを結びつけて論じる切り口は、ほかの考察ブログにはない魅力をもっていました。

共感と主張

 最近では、スクリーンショットを大量に用いたアニメ感想文あるいは、掲示板の他人の発言を切り貼りしたアニメ感想まとめが流行っています。著作権上の問題をのぞけば、それらは悪くないものだと思っています。そういったブログは、文章が短く、ときに画像が多いので、気楽に楽しめますね。

 しかし、気楽ゆえに自分の考えを見つめ直す機会は得られません。主張を含んだしっかりとした文章 には、筆者の主張と自分の主張の違いから、自分の考えを見つめ直すことができます。  私は、「そこへ至るためのこの道の歩き方」の文章を読んで、自分の考えを見直す体験を得ました。日常生活に関する精神的な事柄を取り上げることが多かったため、私にとってはある一種のバイブルになっていたような気がします。

後悔と目標

 そのブログがなくなってしまった今、あの筆者の文章をすべて保存しておけばよかったと、後悔しています。突然ブログが消されてしまったので、その願望は叶いません(インターネットアーカイブ上に一部のログが残っています)。

 今年の4月から出会ってわずか数ヶ月程度のブログでしたが、私に大きな影響を与えてくれました。できる限り覚えていたいと思います。

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